「才能って、特別な人にだけ与えられるもの」って、思い込んでいませんか?
例えばイチローとか藤井聡太とか。彼らは、“才能の極み”であって、「才能の定義」ではありません。
実は才能は、誰にでもあるんです。ただ、それが“当たり前すぎて”自分では気づかないだけです。
たとえば、「人のグチを何時間でも聞ける」「好きな話なら順序立てて話せる」――どうでしょうか?たいしたことないように思えるけど、できない人は全然できません。なのに、本人は「これって才能なの?」と首をかしげる。それが才能の正体です。
でも、ここからが本番。才能に気づくと、もれなく「苦し」もついてきます。なぜかって?それは、自分の中に“基準”ができてしまうからです。「私はもっとできるはず」と、勝手にプレッシャーをかけ始めるんです。そして尊敬する誰かに出会うと、「ああ、私なんてまだまだだ…」と落ち込む。勝手に比べて、勝手にへこむ。まるで才能の呪いです。
でも、それでいいんです。落ち込みながらも、「私の良さも捨てたもんじゃない」と思えるのが、大人の強さです。
才能は「楽しい」けど、「苦しい」。だからこそ、伸びる。だからこそ、深まる。
自分の“当たり前”を侮るなかれ。そこにこそ、あなたの宝が眠ってますよ。気づくも苦、気づかぬも苦。それなら気づいて進んだほうが、人生、断然おもしろい。