「過去の出来事を幻想化する」とは、難しいテクニックではありません。かんたんに言えば、“昔の出来事を、今の自分の目で見直す”こと。つらい記憶ほど、私たちはカラーの大画面で再生してしまいます。スーパーで流れる曲、コーヒーの香り、誰かの口ぐせ——関係なさそうな場面でもスイッチが入り、心が一気にあの日へ引き戻される。思い出すたびに、心の傷がまた開く感じがして、「一生このままかも…」と絶望してしまうのです。
ここで役に立つのが“幻想化”。コツは3つ。
まず、「時間をはっきり置く」。二十年前の自分に日付をつけ、白黒写真にするイメージで遠ざけます。「2005年の私」「当時は新人だった」「お金も人脈も少なかった」と具体的に。映像を小さく、音量を下げるだけでも、胸のざわつきは弱まります。
次に、「今の自分の証拠」を集めます。
たとえば、
①今は相談できる友人がいる
②収入や住環境が当時より安定している
③同じ失敗を避ける工夫を続けている——
この“できていること”を3つ書き出しましょう。多くの方は真面目で、すでに静かな努力を積み重ねています。事実を見える形にすると、「私は前に進んでいる」という実感が戻ります。
最後に、「意味づけの向き」を変えます。フラッシュバックが来たら、“合図”と受け取り、深呼吸を3回。「あの頃の私、よく頑張ってた」とひと言添え、映像をそっと棚に戻します。思い出を追い払うのではなく、丁寧に片づける。すると、記憶は“今の生活を邪魔するもの”から“私を育てた素材”へと、役割を変えていきます。
過去は消せません。でも、見え方は変えられます。年齢も立場も、周りの人間関係も、あの頃とは違う。だからこそ、今の自分のまなざしで過去を扱い直す。これが“幻想化”の正体です。この小さな練習を続けるほど、日常のささいな場面で心が乱れる回数は減り、自分の時間とエネルギーを“今”に戻せるようになります。